機関紙『松濤館』への記事掲載について(第195号)

松濤館が定期的に発行する機関紙にて、現部員の記事が掲載されていますので、この場を借りて紹介させていただきます。

稽古の継続と空手道という武道の経験

法学部3年 元田 蒼士

 新型コロナウイルスが確認されて一年が過ぎた。講義のほとんどがオンライン化され、部活動は活動休止と再開を繰り返しているのが現状である。時間は淡々と過ぎていくが、自分の成長を実感することができない。コロナ禍で、新入部員がいないことも、自己の成長を実感できない理由の一つかもしれない。しかし、この貴重な期間を無駄にしないために、何をすべきか。自問しても明確な答えにたどり着くことは難しいが、ひとまず、なぜ自分が空手を続けているのかを、改めて考えることに時間を割こうと思う。

 私が空手を始めたのは、上京し、大学に入学してからである。入部動機は単純で、一人でも多くの友人を作りたい、就活のネタになるような経験が欲しい、その程度だった。今思えば、なんと浅はかで愚かな一歩であったか。当時を思い返すたびに、疑念と後悔が顔を覗かせる。入部してから丸二年が経とうとしているが、最初の一年は、自分が何をやろうとしているのかがわからなかった。なにしろ、知り合いはいない、礼儀や基本の技がわからない、おまけに、周りの経験者(上級生)は涼しい顔で先を行くといった具合である。稽古をはじめて一週間で辞めてやろうと思ったが、夏に合宿をし、そこで審査会なるものが行われるという話を聞き、ならばせめて夏まではと、踏ん張ることにした。

 歯を食いしばって稽古に耐えていた六月、同期が一人退部した。彼は私と同じく未経験者で、よく連れ立って食事に行き、愚痴を言い合う仲だった。私は懸命に彼を説得した。今辞めることはお前のためにならない、そのような趣旨の言葉を吐いた覚えがある。今思い返せば、私は彼の気持ちなど全く考慮しておらず、彼に退部されると自分が孤独になるという焦燥感に駆られて、耳障りの良い言葉を吐いたのだ。そんな私の浅はかな気持ちを見透かすかのように彼は言った。これ以上は時間の無駄だ。大学生活には他に楽しいことが山ほどある。お前も早く辞めろ。その夜私は考えた。真剣に残りの三年間半の生活を考えた。空手は私の大学生活、はたまた、その先の人生にどのような作用をもたらすのか。一晩考えたが答えは出ず、ずるずると稽古を続けた。粘り強いといえば聞こえはよいが、なんのことはない、退部した後にやりたいことが見つかっていなかっただけである。

 このような、決して褒められたものではない、私の空手への姿勢が変化したのは、一年の九月である。転機となったのは福島県で行われた夏合宿である。同期が全員揃い、与えられた役割をこなした。先輩方やOBの方から、段取りの悪さを手厳しく指摘されることはあったが、同期と支え合うことで乗り越えた。何よりも、自分が、部という組織に貢献していることを実感できたことが嬉しかった。そして、合宿最終日に行われた審査会で、当時の主将の全身全霊の型を見た。本当に美しいと感じた。自分もこんな型をしたいと、強烈に憧れた。そう思うと同時に、美しいという感想を抱いた自分自身に驚いた。入部当初は、主将の型を見ても、なんとなく凄いと感じるだけで、圧倒されるような美しさを覚えることはなかった。厳しい稽古を続けているうちに、知らず知らずの間に見る目が養われ、新たな感性を得た。これは私が空手を「継続」することで得た一つの「経験」である。それがわかった瞬間、私は少しだけ前を向くことができた。空手を続けてよかった。四年間やり抜こうと思った。

 話を現在に戻す。私はこの春大学三年生となり、本格的に将来の方向性を定めなければならない時期がきている。そこで、春休みという期間を使って、空手に対する見識を深めることで、自分という人間を理解する契機にしようと考え、ある本を手に取った。それが、高木丈太郎先生が著された「空手道要諦」である。以下で、「空手道要諦」を通読して抱いた感想を述べる。

 本書の中で、私が最も感銘を受けたのは、日々の稽古に対する心構えについての記述である。高木先生は、本書の中で、『稽古では、今その時に、自分の師が「こうやってみなさい」といったことが全てです。従って、まずはその教えを守り、その通りにやってみることです。教えを守らずに、ただ自らの衝動に任せて練習をしても、それは稽古とは明らかに別のものか、もしくは、混じりけのあるまがい物にすぎません。まずは「ただそのことのみ」をひたすらに、素直に、一所懸命に、やってみることです。教えられた通りに繰り返し、繰り返し習練して、自分の癖をとることが稽古の第一歩です。』と仰っていた。私はこの言葉に衝撃を受けた。なぜなら私は、日々の稽古においては、型の稽古回数のみを重視し、自分が満足するまで闇雲に稽古を重ね、また、それを肯定していたからだ。実際、稽古回数を重ねれば体は疲労し、なんとなく努力したような気分になる。周りと比べて己は努力している、そして、その努力は必ず自身の成長につながる、そのような錯覚に陥り、根拠のない自信を抱く。しかし、高木先生曰く、このような稽古はただの自己満足に過ぎず、己の真の成長は望めないのである。ただ師を信じて、師の教え通りに習練を重ねること。これが、私が目指すべき稽古である。

 ただ、高木先生の教えを実行するにあたって、個人的に不具合な点がいくつかある。その中の一つが、師が複数おり、それぞれの教えが異なる場合である。日々稽古をしていると、当然様々な方から教えを受ける。主将、副将、OBの先輩方などがその例だ。当然、教え方やその内容は十人十色であるため、昨日と今日で教えが食い違い、混乱することも多々ある。そのようなときに、どう対処すればよいのか。高木先生は、「生徒の方から先生を選んでもよいのです。そして、その時その時で、自分が教えてもらっている人や、自分が話を聞いている人が、常にどこかにいるはずです。自分が誰に教わっているのか、決して忘れてはなりません。」と仰っていた。確かに、この教えの通り、自分で師を限定すれば、混乱することも少なくなり、稽古に邁進できるだろう。ともすれば、今の私がやるべきことは、信じるに値する師を見つけ、その師の教えに従って稽古を繰り返すことであろう。

 上記で引用した「空手道要諦」の中に「稽古は一生」という言葉がある。この頃、よくこの言葉の意味を考える。大学での稽古は四年間で終了する。しかし、それはあくまで、中央大学空手部という組織に所属している期間での稽古が終了するだけである。社会人として生活を送るなかで、ふと学生時代の道場での稽古を思い出し、姿勢を正して心を落ち着かせる。晩年、健康の保持増進のために、日常の動作のなかに空手の動きを取り入れてみる。このように、年齢、社会的立場に関わらず、稽古で学んだことは日常に落とし込むことができる。ともすれば、「稽古は一生」とは、「学生時代に稽古を通して得た空手の経験は、一生にわたって己の財産となる」という意味ではなかろうか。

 私は残り二年の学生生活で、空手を継続する。周囲の評価など知ったことではない。昇段など、些細な目標にすぎない。四年間空手を続けたという事実は圧倒的自信として私の芯となり、そこで得た無数の経験は私の血肉となる。一生を終えるときに、自分の選択を誇ることができるように。

私は今日も稽古に臨む。

出典:日本空手道松濤會 機関紙『松濤館』第195号 (令和3年4月30日)