空手部OBOGインタビュー (第9回)
空手部を卒業されたOB・OGの先輩にインタビューする本企画。第9回目は、昭和57年卒業生の宇津志浩先輩にお話を伺いました。
聞き手:理工学部4年 高橋正樹(春日部高等学校出身)
Q.1 まずは自己紹介をお願いします。
昭和57年卒業の宇津志浩と言います。
現在は仙台市で税理士をしており、あと数年で税理士合格から40年になろうとしています。
「~あめかぜからお客様を守る屋根になろう~」という、大きすぎる経営理念を掲げて、地域経済の主役である中小企業の支えになる税理士でありたいと思って活動しています。
他者を思いやる心を働かせながら、【「税務」と「会計」の切り口】から【経営への支援】を行うことが、私の今の仕事における想いです。
このような考え方は、多くの先生方や先輩の皆さんから教えていただいた空手道の稽古の延長線上から生まれた想いです。
なかなか達成できませんが、達成できない目標だからこそと思い、チャレンジしています。
ずっと現役の武道家でありたいと思っていた私は、事務所の3階に一人用の道場を作って、40歳代後半まではひそかに稽古を続けていましたが、現在は体を動かすこともなくなってしまいました。一人だけで稽古を続けてゆくことは難しく、東日本大震災もあり、忙しさにかまけているうちに、筋肉はすっかり脂肪に変化してしまいました。稽古仲間がいるということは本当に大切なことだと思います。
今は仕事の現場が道場だと思って、稽古を続けているつもりで仕事に取り組んでおります。
(道場だけの空手と思うな!と、先生方に言われていたことを拡大解釈して、稽古をしていない言い訳にしています。)
Q.2 幹部室内にある直上蹴りの写真は宇津志先輩の写真だと伺っております。この写真は何年生の時に撮影された写真でしょうか。
大学3年生の夏合宿(長野県の樽ヶ沢山荘)での稽古の合間に、4年生の上田耕造先輩に撮って頂いた写真です。
上田先輩は動きの非常に美しい(しかも効く)方で、特に横蹴りが素晴らしく、上段の蹴込みを上田先輩に教えて頂いているときに、上田先輩に撮っていただきました。
上田先輩の蹴りは私とは段違いのレベルであり、しかも足が長いので、上田先輩の天井蹴り (完璧な上段の蹴込み)の写真を私が撮っていれば良かったなと、後悔しております。
この合宿は、江上先生が中大空手部の合宿に来てくださった最後の合宿でした。
酸素ボンベで時折酸素吸入をされながら私たちの審査をしていただいた、思い出深い合宿でした。
江上先生は、医師から命にかかわるからと安静を言われていた状態であるにもかかわらず、病気を押して長野の合宿先にまで来てくださいました。
命をかけた武道家の姿というものを目の当たりにした感慨を言葉にすることはできません。
ただただ先生のお姿を見つめているほかに何もできることはありませんでした。
これほど気合の入った合宿は後にも先にもありませんでしたが、その合宿でのワンショットです。
Q.3 空手部にはどのような理由で入部されましたか。
入試直前の4ケ月間ほど寝たきりになるなど、病気がちであったため、虚弱な体質に向き合うために空手部に入部しました。運動は全くの未経験でしたので入部は恐怖そのものでした。逡巡して道場の前を行ったり来たりしている私を、道場の入り口付近に座っていた 麻生久美子先輩が、おいでおいでの手招きをしてくださったので、その流れで入部してしまいました。その後の稽古のおかげで、今はバリバリ元気です。
空手の稽古(過度の運動)と呼吸法(腹式呼吸)で、虚弱体質が変わったのだと思います。
Q.4 空手部の活動を通して最も思い出に残っている出来事を教えて下さい。
池田保男監督との出会いに尽きます。
とても怖いけれども魅力的な生き方をされている先生で、私が師匠とお呼びできる方は 池田監督以外にはおられません。(江上先生は神様なので別格です。)
私が今までなんとかやってこられたのも、池田監督と池田監督に教えていただいた空手道の稽古のおかげだと思っています。
池田監督との思い出は、空手部80周年の時に文書にして空手部OB会にお送りしました。
コロナ禍で80周年の部誌は未発行でしたが、池田監督との稽古体験はその文書に書きましたので、機会のある方はお読みください。
Q.5 去年末、道場内の掃除をしていた際に道場内の火鉢からタイムカプセルを発見しました。宇津志先輩方がご卒業される時に埋められた物だと思いますが、こちらはどのような経緯で作成されたのですか。
先輩4年生の追い出しコンパを終えて新幹部になった1月(寒稽古の最中だったかな?)に、「俺達これからやっていけんのかなぁ」などと言いながら火鉢をツツイテいるうちに、火鉢の底まで掘ってしまいました。(ホントは、お金がなく煙草も買えないのでシケモクを掘っていたのですが…)
僕と高橋ともう一人誰かがいたと思います。(野口?鴨下?まさか主将の尾関?)
そこで誰ともなく「せっかく底まで掘ったんだからタイムカプセルを埋めようぜ」という事になり、ありあわせの紙を、ショッポの箱?に入れて埋めました。
「俺たちみたいに、バカみたいに火鉢の底まで掘り進める後輩なんか、でてこないよなぁ。」「でも、もしいたら、その後輩の顔を見に来ような。」などと言いながら、埋め戻しました。
まさか僕たちの卒業40年が経った時に、「掘り出しました!」の連絡がくるとは思いませんでした。「俺たちのようにシケモク掘ってたんじゃないよね。」と高橋と笑いあいながら、うれしくも楽しい思いをさせてもらいました。
寒稽古に参加して久々に自分の稽古もでき、後輩諸君の稽古風景も見ることができました。タイムカプセルを発掘してくれた後輩諸君!本当にありがとうございます!僕たちが生きているうちに発掘してくれて、感謝です!
Q.6 宇津志先輩が実際に仕事をしていく上で空手部の経験がどのように役に立ったか教えてください。
難しい質問ですね。
空手部の経験というよりも、空手道の稽古を通して教えていただいたこと・学んだことが、どこか今の自分を支えている、という感じですかね。
困難に出会ったら逃げずに真正面から向きあうことの大切さを、池田監督に教えていただきました。(いまだに困難に出会うとついつい逃げ出してしまいたくなりますが…)
池田監督からは、それこそたくさんの言葉をかけていただきました。
卒業してしばらくしてから池田監督に正式に弟子入りして、池田監督が主宰される東京北区の王子神谷にあった道場に、仙台から定期的に通っていました。
その稽古の中で教えていただいた事々や、かけていただいた言葉の断片が、仕事をしているうちにフト脳裏に浮かんできて、「ああ、監督がおっしゃっていたことは このことなのか」と、腑に落ちることが沢山ありました。
なんとも、上手に言葉にはできませんが、自分なりに一生懸命に稽古に向き合っていれば、いずれ形を変えてギフトになって自分に返ってくると思います。
Q.7 最後に現役部員に向けてのメッセージをお願いいたします。
人生は波乱万丈です。
良いことも悪いことも起きますが、「人間万事塞翁が馬」です。
一喜一憂せずに、希望を自ら見いだして、明るく進んでください。